欠陥住宅をつくらない住宅設計者の会

http://www.kekkann.e-arc.jp/

お問い合わせ

建築士のひと言

建物と自然

令和3年8月21日

一級建築士 櫻井 裕己

■建物を緑化する

今から約26年前の1995年のことです。当時、大学で建築を学んでいた私は、夏休みを利用して同じクラスの友人数名と九州へ建築探訪の旅に出かけました。歴史的建造物や建築雑誌に掲載され話題になっていた新築建物などを観て周る、のんびりした旅行でした。

次は何を観に行くかその時折で決めるという無謀、無計画な旅なので、開館時間内に間に合わなかったり、場所間違いをしたりと大変でしたが、そんな中、どうしても観たい建物がありました。福岡市の中心地に建つ、「アクロス福岡」です。

公園に面する外壁が大きな階段状になっているので、外壁でもあり同時に屋根でもあるといった外観が特徴の、地上14階建ての複合施設です。その階段状の屋根部分には植栽や植林がなされ、街中のビルなのに屋上緑化や壁面緑化が大々的になされた建物として当時話題になっていました。

しかし、期待を胸にそこで目にしたのは、確かに他のビルに比べ緑化部分は多かったものの、竣工直後で樹木は植えたばかりで低く、その外壁面も緑よりガラスやコンクリートの方が目立つごく普通のビルでした。少しがっかりした記憶があります。「この建物は60年後に森となる」とのコンセプトが大げさに思えました。

そんなこともすっかり忘れて、それから25年経った去年のことですが、アクロス福岡の現状がSNSで話題になっていました。写真を観た限りですが、当時失望した建物の姿はなく、屋上の数々の樹木や植物が大きく育ち建物を覆って、ひとつの「小高い山」がそこにはありました。60年経たずともコンクリートとガラスの建物は木々の中にうずもれて、立派な森へと変貌を遂げていました。

自然で建物を装飾するのではなく、「自然が時間を掛けて建物を造る」ことが本当の意味での建物緑化であると実感しました。


■建物緑化のむずかしさ

ただ、建物を緑化することはいろいろな問題を抱えます。

最近、屋上緑化した住宅や建物について数件、続けざまにご相談を受けました。木造の建物なのですが、勾配がない平らな屋根面やバルコニーに土を盛って芝生や小さな木々を植えた、いわゆる「屋上庭園」が設けられています。いずれも建築主である相談者の意向ではなく、設計者の押し付けだったそうです。

相談者いわく「雨漏りがひどい」、「蟻が大量に屋内に発生する」、「防火上問題ないのか心配」とのことです。ちなみに相談を受けた物件の設計者は全て同じで、屋上庭園が設計のウリらしく、雨漏りが起きやすいといった問題に反省や何の解決策も施すことなく、同じような作品を自身のホームページで掲載し続けています。

人工芝でないかぎり、屋上緑化には必ず盛り土が必要になります。そしてこの盛り土は植栽物のために常に水分を含んでいなくてはいけません。屋上緑化の場合、土の下は屋根やバルコニーの水平な面で、当然、防水や排水処理はしてあるのですが、水分をある程度含んだ土は雨が大量に降るとすぐに飽和状態、つまり雨水を吸収しきれなくなり、排水処理も追いつかずに土の表面には水溜りができます。これは屋根やバルコニーに大量の水が貯まったのと同じ状態と言えます。そして行き場を失った雨水が、窓サッシや壁の隙間から屋内に続々と浸透し、雨漏りを引き起こしていました。

蟻害に関しては、言わずもがなですが、土壌内に立派な蟻の巣が形成されていました。

防火に関しましては、建築基準法や行政の都市計画では、自身の建物のみならず隣家が火事となった場合にも延焼を防ぐため、地域全体で防火にとりくむよう指定(防火地域や法22条地域)している場合があります。このような地域では、隣地境界等から一定の範囲内にある建物の部分は、燃えにくい材料でつくらなくてはいけないと規定しています。特に木造の建物でこの地域や範囲に該当する場合、植栽等は当然火が燃え移りやすく防火性能はないため、屋上庭園は建築基準法違反となります。

相談物件のうち一件については、屋上庭園部分の植栽物や土を全て撤去したところ、雨漏りや蟻害は無くなりました。また、上記の延焼を防ぐ地域に該当していたので、同時に防火上の問題もなくなりました。


■自然は人にやさしくはない

無機質な建物や都市に自然を取り入れる試みは、省エネや都市計画の観点からも近年の建築業界において大きな課題となっています。さらに言えば、建物は常に大きな自然の中に存在しているとも言えます。

しかし自然は、人にやさしいものでは決してありません。日常生活に支障をきたしたり、時には容赦なく大きな被害をもたらしたりします。

その自然と人工物である建物がうまく融合するには、設計者として自然の本質を熟知し、見極める必要があると強く感じました。自然は常に成長し続けることや、防水、防火、防虫対策を徹底することを、設計者は常に意識しておくべきです。

また、建物にて活動する人々、生活する人々にも、自然と向き合い自然と共生するということがいかに大変かを、今一度考えていただきたいと思いました。

以上