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建築士のひと言

-家づくり豆知識-
~必ず起きる地震と災害に備えよう~

平成24年11月26日

一級建築士 川窪 巧

東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)が起きて、地震と共に大津波が襲った未曾有の大災害起きました。死者行方不明者18,812人、流失、消失を含む全壊戸数は130,435戸,半壊戸数は262,917戸と膨大な数です。そして、瓦礫処理問題、地盤の沈下や液状化対策など問題は山積です。

日本は世界の面積の0.7%の面積しかありませんが、地震は世界の10%も起きています。プレートが交差しているその上に日本の国土が乗っているわけですから、世界でも稀な場所なのです。日本で暮らすからには防災意識を持ち、自分の身は自分で守る意識と覚悟が必要なのです。

安政三陸沖地震(1856)が起きてから40年で明治三陸地震(1896)が起き、それから37年で昭和三陸地震(1933)が起き、少し期間が空き、78年で東日本大震災(2011)が起きた。約40年周期で繰り返してきたのです。今回のように期間が空くと巨大化するようです。

東北のように太平洋プレートが北米プレートに潜り込みと反動は周期が短いようです。私たちの東海地方は太平洋プレートが潜り込むその先のフィリピン海プレートがユーラシアプレートに潜り込んで起きる地震は津波を伴い90~100年で起きています。長い期間でも150年です。

過去の地震の歴史を考えると、いつ起きても不思議ではないと言われているのです。昭和19年12月7日に起きた東南海地震は津波を伴うプレート型の地震でした。その1ヶ月後の昭和20年1月13日に起きた直下型の三河地震では、愛知県西三河で2,306人もの死者がでています。

戦争中のため軍隊による報道管制が敷かれていた為に、写真や資料が残されていないのが実情です。幻の地震といわれているのは、その為です。今も額田郡幸田町の深溝(ふこうず)断層や、蒲郡市の宗徳寺の地割れ金平町の隆起した跡など痕跡は多く残っていて、今も見ることが出来る。

昭和20年8月15日が終戦です。東南海地震から2年後の昭和21年12月21日に南海地震が起きたが、東海地震は起きなかったといわれます。さかのぼって安政の東海、東南海、南海地震(1854)の地震から起算をすると158年経過しています。重要な警戒地域になっています。今後30年に発生する確率が88%まで高まったと、発表されました。

千葉県浦安市で浚渫泥によって造成された土地が何度も液状化することも分かってきました。同じように造成された土地は海水面よりも低いところもあります。東海地方では伊勢湾台風の高潮による堤防の決壊とラワン材の丸太などにより家が破壊され犠牲者も多く出ています。

伊勢湾台風により、5,098人の死者行方不明者が出ています。名古屋市の南区の死者が1,471人、そのうち、白水小学区(柴田分校、千鳥分校を含む)だけで970人もの犠牲者を出しています。海水面より低い土地で暮らしていて丸太の流木や壊された家がぶつかり、他の家を壊したため、名古屋市では木造禁止区域も条例で定めています。

海抜0メートルは、東京湾の干潮と満潮の平均値をとってTP±0と表示しています。つまり、満潮のときは、1.4メートル海の中という土地が海抜0メートルなのです。富士山の3,776メートルはこのポイントからの高さ表示なのです。都市計画図には標高が表示されていますので確認しょう。

地球物理学者寺田寅彦は、人が忘れたころに大災害が起き又同じような事を繰り返すに違いないと語っています。『天災は忘れたころに、やって来る』寺田寅彦の言葉です。今こそ耳を傾けなければならない。“安心、安全、楽しい暮らし”を実現するために。

伊勢湾台風災害について http://home1.catvmics.ne.jp/~kawakubo/hp/isewan.htm

三河地震震災について http://home1.catvmics.ne.jp/~kawakubo/hp/mikawazisin.htm