平岩保さんを偲んで
当欠陥住宅をつくらない住宅設計者の会会員の平岩保氏が、かねてより病気療養中のところ本年2022年3月9日に永眠いたしました。
平岩さんは当会発足時からのメンバーであり、当会の発展に尽力しつつも成り行きをじっと見守るといった立場をとる方でした。
欠陥住宅被害の相談、調査においては常に中立的態度に努め、不誠実な施工業者へはもとより、時には相談者へも厳しく接する事があったその姿勢は、ひいては会の信頼性を強めることにもつながり、平岩氏なりの欠陥住宅をなくしたいという理念のあらわれ故と感じたものでした。
当会理事長の片山氏より追悼文を、また特に親交の深かった会員から平岩氏へのひとことをいただきましたので、この場をお借りして掲載させていただきます。
平岩さんと最初にお会いしたのは、1996年ごろ、杉浦俊彦(故人)の呼びかけで、「欠陥住宅をつくらない会」の準備で集まった時だと思います。その後、「会」は、1997年正式に発足しました。
「会」の活動をしていく中で、シックハウスの相談がいくつか出てきました。そこで、病気にならない家づくりの課題に取組む会を設立、平岩と片山が共同で代表を務め、この問題に取り組みました。その後、建築基準法でホルムアルデヒド等の建材の制限が出来、全国的に問題が少なくなったので会を解散しました。当時「買ってはいけない」というベストセラーが出版されており、その著者「船瀬俊介」を2004年9月に招き、講演会を行って解散したことが記憶に残っています。
また平岩さんは、「建築ジャーナル」に精力的に評論を執筆されていたことが印象に残っています。内容は、私には難解で難しかった印象が残っています。
お酒は、40代で癌のため胃を切っていたので、胃が無いと言いながら、ビールを豪快に飲んで、参加者皆さん割勘負け(後で皆さんより多く払っておられましたが)したことを覚えています。
頑固一徹という言葉が、よく似合う人でした。
合掌
建築を語る時の真剣・厳しい眼差しと違って、私と趣味を同じくした山菜取りとその食べ方を語る時、定番の「タラの芽」に始まり、「ゼンマイ」「ウド」「川フキ」に続き、残雪の残る処に頭をもたげた「フキのトオ」「コゴメ」が一番うまいと語る時の彼の柔和で嬉しそうな表情が忘れられません。
私より若くして逝ってしまわれたあなただから、新たな調理法でも考えて待っていて下さい。 合掌。
座談会(事務局会議室にて開催された時)でのシーンがズーっと心に焼き付いています。「森さん、おいしいお酒があるよ」と言われて、ニコニコと白馬錦を持参されていました。当方は通風にならぬよう、自分なりのおいしいお酒を楽しんでおります。
あちらでもおいしいお酒を探しておられるのでしょうね・・・?
引き継がせていただいた事務所、仕事は順調に進んでおります。
引き継がせていただいた飲み屋のキープボトルは順調に減っております。
大変お世話になりました。ゆっくりおやすみください。